中国のベストセラー作家といえば、すぐ余華という名前が頭に浮かぶ人が多いだろう。余華は自分 の創作に対してそう述べている。「私のすべての創
中国のベストセラー作家といえば、すぐ余華という名前が頭に浮かぶ人が多いだろう。余華は自分 の創作に対してそう述べている。「私のすべての創作において、より真実に近づく目標に向かって努 力している。私のこの真実は、生活の中のあのような真実ではない。生活は実際に真実なものではな いし、生活は真偽相半ばし、棒に棹のものだ。」余華の作品もまさにこの発言が示す通り、主に人間 と社会の暗黒面を描いている。世界でも有名な作家として、上世紀九十年代末から現在に至るまでの 間に、余華の有名な作品はさまざまな言語に翻訳され、外国にて出版されている。ここで『活着』を 例にする。『活着』は1993年に余華が発表した長編小説で、余華が先鋒派作家から現実派作家に変わ ったことを象徴する作品である。日本では、いろいろな訳者は余華の文学作品を翻訳し、日本の人々 に著者の気持ちを伝えている。綿貫浩子と当時中央大学文学部教授をしている飯塚容と大河内が異な る方法で『活着』を日本の人々に紹介していた。それで、いくつの訳本が出てきて、『活着』は日本 で知られるようになった。今まで、余華自身と余華の文学作品についての研究は数多く見られるが、 翻訳の方面からいくつかの訳本を比較し検討する人はほとんどいないのが事実である。
1.2 研究目的と方法
本稿において、以下の 2 点を明らかにしたいと考えられる。一つ目は『活着』のいくつかの訳本の 違いを明らかにする。二つ目は日本の読者のコメントを通して、日本における余華文学の受容状況を 明らかにする。
本稿は主に例文分析及び比較の方法を用いて、いくつかの訳本の中から代表的な例を見つけ、文学 翻訳の角度から深く比較しようと思っている。また、先行研究を踏まえ、作品の中に誤訳しやすいと ころを検討する。そして、日本の一般読者のコメントによって、日本における『活着』を中心に、余華文学の受容情況を明らかにする。
2. 日本における余華文学の翻訳史
2.1『活着』
余華の作品と言えば、すぐ頭に浮かぶのは『活着』だろう。余華の代表作として、『活着』は世界 中で多くの言語に翻訳され、世界でよく知られている。日本を例にし、日本における『活着』の翻訳 史を紹介したいと考えられる。
2000年に綿貫浩子が翻訳を担当し、『活着:<ある農夫の一生>を訳す:苦海』というタイトルで、 余華の『活着』の日本語訳を発表した。二年後、当時中央大学文学部教授をしている飯塚容は『活着』 というタイトルを日本語に直訳し、「活きる」というタイトルで翻訳した。そのほかに、大河内康憲 が『活着』に注解を施し、東方書店も1997年に『活着——ある農夫の一生』というタイトルの訳本を 刊行した。訳本だけでなく、『活着』を原作としたチャン・イーモウが監督を担任する映画は1994年 に公開した。いくつかの訳本と映画の宣伝を合わせ、『活着』は日本で知られるようになった。
2.2 そのほかの作品
余華の作品の中に、『活着』のほかに、名作に数えられる書作はまだいっぱいある。「兄弟」という 本は作家余華が十年ぶりに発表した長編小説で、2005、2008 年に泉京鹿訳で文藝春秋に出版された。
『活着』を翻訳した飯塚容も余華の「ほんとうの中国の話をしよう」を翻訳した。これは 2012 年に 河出書房にて出版されたエッセイ集である。しかし、ある原因でこの作品は中国本土では未刊行だっ た。そのほか、2013 年、2014 年に「血を売る男」と「死者たちの七日間」も同じ訳者で同じ出版社 にて出版された。上記から見ると、余華の文学作品はほとんど日本の訳者に翻訳され、日本に出版さ れたことが分かる。